7.剣と盾は主の為に1

 ざわざわと囁く様に揺れる木々の下で告げられた彼女の真実に、二人はかける言葉を失った。
 力があり、可能性があるのにその道を進まない者を彼女はどうみるのだろうか。力がなく、それでもなおその道に立ち向かう力を持つ彼女を、自分はどう見るのだろうか。
 フェナサイトはただ彼女を見つめた。
 このプランシェア王国では第一王位継承権、第ニ王位継承権と続いていくが、あくまで名称であり、形式であり、王位継承権は全ての王の子平等に与えられている。王子・王女が二十の誕生日を迎えれば正式に王位継承権を放棄できる。
 今の王の子はフェナサイトを合わせて三人。彼と彼の二人の兄のみなのだ。現在最有力候補は長男。このまま妥当に話が進めばまず間違いなく彼がこの国を継ぐだろう。万が一その長兄に何かあっても、次兄が継ぐ。自分の出る幕はない。
 それを知っていて、それを分っていて それでも彼女は自分を王にと言う。 彼女が彼女である為に、 課せられた使命をまっとうする為に。
「次期、お気をつけなされませ」
 そういわれてハッと、彼は意識を現実へと戻した。先程の話はもう終わったとばかりに、話題を変えてきた。一拍間を置いた後意味を理解しつつも、フェナサイトは彼女に問うた。
「何に、気をつけろと言うんだ?」
「貴方の御身を狙う不届きものに、です」
 オブシディアははっきりと彼を見据えていった。
「先程の不届き者は明らかに貴方だから狙ってやってきた連中です」
 オブシディアは冷たい視線で、地面に転がる死屍累々を突き刺した。
「フェイ狙いってことは…」
 グレーナが自分の顎に手をかけ小首を捻ると、オブシディアは凛とした声で言い切る。
「貴方の兄上方、ウルフェナイト殿下・スフェーン殿下からかの刺客と見て間違いないでしょう」
「馬鹿なっ!」
 彼女の言葉に、聞き捨てならないとフェナサイトは声を荒げる。が、オブシディアは至って平静に言葉を続ける。
「残念ながら、外部犯と思うにはあまりにもその可能性が低すぎます。恐らくは、世界の理を知るも、それに逆らおうと目論む『相対する者』が兄上達を操っているのでしょう」
 オブシディアは苦々しげに吐き捨てた。『相対する者』に対する激しい嫌悪感を隠さない彼女に、思わず彼らは小首を傾げてしまう。
「『相対する者』?」
「それは世界の意志を狩るもの。世界を服従させんと働くもの。全てを支配しようとするもの。我等一族と、まるっきり真逆を素で生きる者達のことです」
 彼女が侮蔑を隠そうともしない口調で言うと、グレーナはポンっと手を打った。
「西の森の天使!!」
 その名を聞いたオブシディアの顔からすっと表情が抜け落ちた。
「……確かそんな呼ばれ方もしていたような気がするな」
「西のラウル族も東のリード族も似たようなもんだと思ってたぜ!」
 明るく豪快に笑い飛ばすグレーナなだったが、数秒後、オブシディアの剣が彼の首筋に宛がわれ、彼は笑顔の表情のまま全身を硬直させた。
「ディア!」
 制止の声をフェナサイトはかけるが、彼女に届かない。再度声をかけようと息を吸うが、剣を押し当てられているグレーナのほうが彼に『止めろ』と視線で言い、黙らせる。結果、彼は状況を見つめることしか出来ない。
 オブシディアの瞳は、怒りというよりも屈辱に彩られていた。こういうときほど風は吹かず、全ての世界がまるで彼女と彼を見つめているかのように、水を打ったように静まり返っている。
 フェナサイトは、ただ何も出来ずに、伸ばした手をどうすることも出来ずに、ただ二人を見つめていた。
「貴様、今、日の沈む森の者と我等尊きリード一族を同一視している……と言ったな?」
「……すまん、何がそんなに気に障ったかしらねーケド、気に障ったんだったら謝る。素直に謝るから」
 グレーナは素直に謝罪の意を示し、両手を挙げた。しかし、オブシディアは収まらない。
「謝罪の言葉などいらん。それしきの言霊で、屈辱は拭い去れない。……二度目はない、次に同じ言葉を口にすれば、いくら友と、兄弟と言っても、容赦なく貴様の首を飛ばす」
「わかった。すまん」
 ゆっくりと、彼女の持つ彎曲の剣から血が伝って流れてくる。それをみたフェナサイトはギョッとしたように目を丸くしたが、それもまたグレーナが目で『大丈夫だ』と告げる。彼女がスッと剣を下ろすと、すぐに布を取り出し、グレーナの疵に当てた。
「……すまん」
「気にすんな。フェイ、オレも平気だから、そこで固まってなくて平気だぞー」
 グレーナの声で正気に戻ったようなフェイは小走りで二人に駆け寄った。
「グレーナ、平気か?」
「平気っつってんだろー。首の皮一枚切れたぐらいでそんな大袈裟な」
「頚動脈が切れることは大袈裟なことじゃないのか」
 明るく笑う幼馴染に、フェナサイトは頭を抱えた。

「次期」
「ディア、お前は……」
「我が一族の名誉の為に行ったことです。我が一族とあの連中と同一視されたと言うことは、我々にとってはこれ以上ない侮辱。次期も我等とラウルを一緒にしないで頂きたい」
「わ、わかった」
 本当はオブシディアに手荒なマネはするなと注意しようとしたフェナサイトだったが、彼女の迫力に負けてしまった。その姿を見て、血の止まったグレーナは口元を抑えてクククっと笑う。笑うなとフェナサイトはグレーナに注意するものの、白い肌に赤みの走った顔で言われても、全く迫力がなかった。
「そうだよな、昔からラウルとリードは仲が悪いって話だ。でもその話の理由は、リードが一方的にラウルを嫌ってるって事だったが、この分じゃ事実は違いそうだな」
 能天気にグレーナがそういうと、オブシディアは剣を納めて鷹揚に頷いた。
「当然だ! 我々の方から一方的に多種族を嫌う理由はない」
「悪かったな、兄弟」
「いや、私もやりすぎはやりすぎた。」
 オブシディアの肩にポンと手を置いたグレーナと彼女の間は和解はこれで成立した。
「……それでディア、君はこれからどうする?」
 フェナサイトは真剣な面持ちで彼女に向き合い問うた。自分に王位継承の意志はないと、はっきりと分った彼女は一度森に帰るといった。それで済む、それが事実のはずなのに、彼は彼女に問うた。
 ……我ながらずるい問答であると思った。
「貴方に刺客が差し向けられないのであれば、一度森に帰るつもりでしたが、状況が変わりましたね」
「……」
「森に帰りたいなら帰ってもいいぜ?フェイの傍には俺がいる」
 自信満々にそういってのけるグレーナに、オブシディアは小さく首を横に振った。
「お前が実力があると言うことは分る。だが、相手がラウル族。それこそ四方八方から次期の命を狙い襲い掛かってくるであろう。それをいくらお前でも一人でどうこう出来るとは思えん」
「…………」
 彼女の冷静な見解を聞いたグレーナが黙り込んでしまう。この沈黙は怒りからではなく、思慮の為。彼女に悪気はない。彼女の言っていることは事実なのだ。
 ラウル族が本気でフェンサイトの命を狙っているのであれば、実際<<魔法>>を使われてしまうと、グレーナ一人ではどうすることも出来ない。
「私がいたところで<<奇跡>>の力を扱えないから、足手まといにしかならんかもしれんが、いないよりマシだろう」
「…ディア」
 結論に近いオブシディアの言葉に、神妙そうな面持ちをしていたフェナサイトが彼女の名前を呟いた。名を呼ばれた彼女のはにかんだ笑顔を浮かべ、フェナサイトに向き合った。
「次期」
「何だ?」
「もしお許しがいただけるのならば、私を貴方のお傍に……」
 そういうと、オブシディアはスッと彼の前に膝を折り、顔を伏し、拳を地面につけた。
 木々の零れ日が、まるで二人を祝福しているかのように降り注ぐ。 頬を撫でる風が、まるで二人を祝うように彼等をくすぐる。それはまるで世界からの祝福のようだった。
 オブシディアとフェナサイト二人だけがそれを受け取り光の粒子を身に受けるかのように、グレーナの瞳に映っていた。
「……王位を破棄しようとしているオレでも、ディアは一緒にいてくれるか?」
 迷ったように言葉を紡ぎながら、フェナサイトは言った。膝を折ったまま、伏した顔をあげたオブシディアは最上級の笑顔を浮かべて答えた。
「何を仰いますか。次期は私の唯一無二の存在。たとえ貴方が王位をお継ぎにならなくとも、私は貴方をお守りいたします。貴方を傷つける全てのものから」
 柔らかな表情に、瞳の強さだけは苛烈で、彼女の意思をありありと映す。そんな彼女の姿を見て、フェナサイトは自らも膝を折り、彼女と同じ目線に合わせた。
「ディア、オレを護るといってくれたのは、グレーナとお前だけだ。嬉しく思う。ありがとう」
 フェナサイトは言葉一つ一つに力をこめて感謝の言葉を彼女に紡ぐ。
「私を護ってくれるという意思はとても嬉しい。だが、ディアが疵付くのはオレは嫌だ。オレを護るなら、お前自身の身も護れ。オレを護るならオレの目の前で怪我をするな」
「……ご随意に、次期」
 一瞬目を丸くした彼女であったが、彼の真剣な願いに、クスっと小さく笑うと再び頭を下げた。
「あと、ディア。」
「何でしょう」
「王宮に入ったら、オレの立場上言葉遣いを多少なりとも気にしてもらわなければならい。が、オレ個人の前では対等でいて欲しい」
 今度こそ、オブシディアは目を丸くして、顔を上げた。
「オレは基本的に敬語を使われるのが苦手なんだ。だから、オレ個人といる時は、出来ることなら対等に話して欲しい」
 やたら真剣な表情でフェナサイトはオブシディアを見つめた。見詰め合うこと数秒。思わず噴出してしまった彼女はそのまま声を上げて笑った。
「なっ、ディア?!」
 真剣に言ったことを大笑いされてしまい、フェナサイトは文句のひとつも言いたいところなのだが、口をパクパクさせるだけで次の言葉が出てこない。
「アハハハっ! す、すいません次期! 分りました。貴方がそれを私に望むなら、私は貴方の思うままに。宮廷内には、ラウル以上にリードを恐れる人間も多いだろう。貴方に不快な思いをさせることもあるだろうが、許してくれるか? フェイ」
 目尻に笑いすぎて溜まった涙を拭いながら、オブシディアは初めてフェナサイトの事を愛称で呼んだ。
「……ああ、これからよろしく頼む」
 嬉しそうに微笑んだ彼は、彼女に手を差し伸べた。
「話は付いたかー?」
 少し離れた所で、二人のやり取りを大人しく聞いていたグレーナが地べたに胡坐で座りながら、ひらひらと手を振った。
「まあ何はともあれ?ディアもこれから宮廷住まいになるってことだな?」
「ああ」
 彼の問いに、オブシディアよりも先にフェナサイトが答えた。
「嬉しいぜ!フェイ派の人間が一人でも増えるんだからよ。改めて、よろしくな、ディア!」
「よろしく、グレーナ」
 二人がそう言葉を交し合うと、グレーナがその場から埃を払いながら立ち上がった。
「んじゃま、話がついたところで。いい加減帰るか、王城へ」
「そうだな…」
 彼らはお互いの顔を見合わせて浅く笑った。歴史が動いたことに気づかないまま、止まらない歯車が回り始めたことを感じられないまま。
 時は平和だ、と思い込むように。


BACKMENUNEXT


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送