6.愛されなかった者

 子供同士の喧嘩なら放っておいても大丈夫だろうが、この二人の場合放ってはおけない。何せ両手に獲物がある。臨戦態勢を解除したオブシディアはひとまず置いておいて、いまだ警戒心むき出しの男の方にフェナサイトは集中した。
「とにかく、お前はディアに謝れ。先に喧嘩を売ったんだからな」
「そりゃねぇだろ!オレはお前を護ろうと思ってだなぁ……」
「問答無用!!その前に、お前二人っきりの時は別に口調なんて気にしないけど、今は人前だぞ?!時と場合を弁えろっ!」
「……」
 下らない口論の決着がフェナサイトの勝利を以ってついたらしい。彼女以上に憮然とした表情で、彼がオブシディアの方を向くと、彼女も体の向きを変えて彼と向き合った。
「………さっきは………」
「先程は、大変ご無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした」
 言いよどんでいた彼よりも先に、オブシディアが口を開いた。膝をついてしっかりと謝る、というものではないが、頭を下げて誠意を込めて謝罪の意を述べた。
「ディア、君が謝る必要はないだろう?」
 その態度に、フェナサイトのほうが驚いてしまい、頭を上げてくれと促す。
「いえ次期。何の理由があれ、私が彼に誤解されたのは事実。ましてや彼は貴方に近しい人。その方に剣を向けてしまった私にも原因があります。申し訳ありませんでした」
 少し首を振った彼女の漆黒の髪が緩やかにゆれ、オブシディアの行動に感化されたのか、彼も慌てて頭を下げた。
「いやこっちこそ。アンタはどうやらフェイの刺客じゃなさそうだ。早とちりして剣を向けちまってすまなかった」
 その言葉を聞いたオブシディアは顔を上げてにっこりと彼に向けて微笑んだ。
「改めて初めまして、私は東の森に住まう<<リード族>>が長、ゲーサイト・ズニリアの第三子 オブシディア・ズニリアと申します」
 軽く頭を下げて名乗ったオブシディアに自分も名乗ろうと口を開きかけると、フェナサイトにギロリと睨まれたグレーナはわかってる、と瞳で彼に返しながら口調を改めていった。
「オ、私はグレーナ・ハーモトーム。フェイ……フェナサイト様の乳兄弟で、彼の身の回りの警護をまかされている者です。以後お見知りおきを」
 互いに名前を名乗りあうのは礼儀。ここで初めてグレーナは気がつく。黒髪黒目というこの大陸で特別な意味を持つ色彩に。
「リードって……、その髪に目……、まさか、アンタ、東洋の魔女?」
 彼はまじまじと彼女の姿を不躾に眺めまわす。フェナサイトが注意しようとする前に、彼は向日葵のような満面の笑顔を浮かべて言った。
「綺麗だな。東洋の魔女って通り名が付くぐらいだから、もっとおっどろおどろしい奴想像してたんだけど、こんな美人だったら、いいな! な、フェイもそう思うだろ?!」
 フェナサイトはグレーナの発言にふらりと頭を抱えた。眼前の女性が王族関係者ではないせいか、彼の口調は普段と変わらないものになってしまっていた。

 元々王宮付のメイドだった母は、父王に一目見て気に入られ、以来周囲の反対も偏見もなんのそのあっという間に婚儀をすませてしまったのだ。一召使だった彼の母親には当然、仲間もいる。その中のひとりがグレーナの母親だった。
 王族になった女は当たり前のよう自らの手で子供を育てられない。だから彼女は、自分の一番の友人に我が子を預けた。
 結果
 兄弟同様に幼い頃そだった彼等は、かけがえのない親友となり、乳兄弟という関係が今も続いている。
「そーいやあんた、さっきフェイのこと次期とか呼んでなかったか?」
「ええ、フェナサイト様は世界に選ばれた次の王になる方です。そうお呼びした方が相応しいでしょう。」
 オブシディアがそういうと、グレーナの表情が変わった。フェナサイトが気がついたときにはもう遅い。彼はディアの白魚のような手を、己のがっちりとした手で強く、強く掴んでいた。
「そうだろうともさ兄弟!!」
 グレーナはきらきらとした瞳で、大声量でそういった。ほんの少しだけ年上なグレーナは、第三王位継承者であるフェナサイトのことをとても大切に思っている。現王の子供はあまり子宝に恵まれず、彼と彼の二人の兄王子だけなのだ。
 故に、十二分に彼にも王位を継げる位置にいる。王になることが全てではないが、フェナサイトには王になれるだけの器量と裁量がある事をグレーナは良く知っている。
 だからこそ、グレーナは次の王にフェナサイトがなって欲しいと思っている。
 王子・王女が二十歳の誕生日を迎えれば王位継承権を放棄できる。フェナサイトが二十の誕生日を迎えるまでに、もう日がない。それまでに嬉々として継承権を破棄しようとしている彼を説得しなければならない。王位継承権を持つ者を色々な意味で守る為、グレーナは日々獅子奮迅しているのだ。
「いやぁ〜、アンタ見る目あるな!」
「……いえ、フェナサイト様を次期王と選んだのは世界です。私はその理に従ったまでのこと。」
「そうかそうか! 世界は見る目があんだな!! そうか、フェイは次期王なんだな!!」
 片手でオブシディアの手を握り、もう片手で地面をバシバシ叩きながら、グレーナは嬉しそうに言った。
「アンタとオレはもう兄弟みたいなもんだ! グレーナって呼んでくれ。オレあんまり敬語とか使うの苦手でよ、アンタもそういうの抜きで話してくれよ!」
「……わかった兄弟。私の事もディアと呼んでくれて構わない。共に次期を護ろう!」
「おう!!」
 ここで奇妙な友情が生まれてしまったことに、フェナサイトは心の底から頭を抱えた。フェナサイトにとって、あわせてはいけない二人をあわせてしまった、ということになる。これで厄介な人間が一人増えてしまった。二人は手と手を取り合って、輝いている。

「(偏頭痛の種が、一人増えた)」

 そう思うと、頭だけではなく胃までも心なしか痛くなってくるような気がした。フェナサイトは盛大な溜め息を三度ついた。すると、頭の中にひとつ疑問が浮かんだ。そういえば、という簡単な、別に知りえなくともいい疑問だったが何故か彼は気になり、口に出した。

「ディア、聞いてもいいか。」
「なんなりと、次期。」
 思いもよらない所で同胞を見つけたオブシディアの声は心なしか明るい。人形のように整った顔をしていても、ちゃんとした人なのだ、と実感させれられる。

「君はどうして、さっきオレを護ってくれた時に、<<力>>を使わなかったんだ?」
 そう、リード一族には魔法が使えるのだ。妖しの力から得られるものとされている<<力>>だったが、リードの扱う力自然界に存在する自然の力と知った。ならば先程の争いにも有効に使えたのではないかとフェナサイトは思った。
 一対一で剣と剣で闘うのもひとつの方法だろう。だが、一体多で闘う時、それが有効な手立てだとは考えられない。確かに一目見て、彼女が腕の立つ人物だといことはわかった。城の警護兵にも引けをとらないだろう。
 だが、あえてその<<力>>を使わないのは何故か。無性に彼は、それが気になってしまった。
 明るかったオブシディアの表情が、ふいに曇ってしまった。あからさまな表情の変化に多少彼らはうろたえる。
「おいおい、どうしたディア」
 グレーナも急に雰囲気が変わった彼女に、声をかける。
「…答えるのが嫌ならいい。大して重要な質問でもないし、すまない」
「いえ、次期。いずれかは話さなければならない問題です」
 オブシディアはすっと立ち上がると、真直ぐフェナサイトを見つめた。
「私は先程貴方に、リード一族は世界に対する感謝を忘れず、その恩恵に預かり世界が起こす<<奇跡>>のほんの小さなひとかけらを扱わせていただいているのです。それは貴方にお話いたしました」
「ああ」
 フェナサイトは相槌を打つ。
「建前を言えば、我が一族はこの力を人を傷つけるために使用したくない、故に使わなかった。これが一番正論でしょう。実際母なる恵みで同胞を傷つけることはなるべくしたくはありません」
「建前ってことは、ホントは別の理由があるってことか?」
 フェナサイトではなく、グレーナがディアにそう聞くと、彼女は小さく頷いた。
「真実を言うと、私は一切、世界から恩恵を受けられなかったのです」
 ザァっと吹き抜けた風は、フェナサイトそっちのけで、オブシディアに向かって吹いていったように彼は感じた。彼女を慈しむように、彼女を慰めるように風はそよぎ、木々は歌う、決して自分たちが、彼女を嫌っていないと表現するように。
「リード一族ってのは、全員魔法が使えんじゃねぇのか?」
 絶句してしまったフェナサイトの代わりに、グレーナは言った。王子がいえなかった問いの答えを、オブシディアはいとも簡単に答えてしまう。
「リード一族といえども、全員が使えるわけじゃないんだ。男性には受け継がれない。次世代の子を産み残し、寿命の長い女に現れる力の強さの差はあるんだが、大なり小なり力は使える。水を生んだり、火を生んだり、風を吹かせたり、土を使ったり色々」
 それを誇りに思えるのがリード一族である、と彼女は誇らしげに言うが、それも自分のことではない。自分にない力を操る一族の女性たちに対する賞賛の言葉であった。
「だが私には一切それがない。…一族の長の娘ともあろうものならば、他の誰よりも力があるはずだと周囲は言うが、私には……。だからせめて体術だけはと、私は自分の身体を鍛えました」
 オブシディアはそういうと、フェナサイトから目をそむけた。
「え……それは……」
「本当です。それが証拠に…」
 驚愕の表情のフェナサイトの前でディアは無表情に腕をスッと上げた。
「姉たちはこれで風を呼び、水を降らせ、火を起こし、土を掘ります。ですが私がかざした所で、自然は何も動きません」
 そう、何も起こらない。優しく風がなびく程度。これは先程から流れている風の調べと変わりない。
「リード一族は、誰もが皆『力』を与えられると思っていたよ」
 フェナサイトは驚きを隠せないという表情で、彼は呟いた。グレーナも彼女に視線を送る。
「長く続くリードの一族の中で、初めてです。男が力を持たず生まれてくることがあっても、受け継ぎ伝えゆく女の姿をかたどって生まれてきた者で何の力を持たずに生まれてくる筈がない」
 オブシディアの表情が苦痛に歪む。フェナサイトには、何故だか彼女の気持ちが痛いほど伝わっていた。本当に、何故だかわからないが、彼女の心の痛みが、そのまま感じているようだった。
 胸が締め付けられるように苦しい。
 リード一族の長の直系の子に生まれ、しかも跡継ぎと決められた定めの上に乗っている人間が今まで生まれたことのない『例外』的な存在で生まれてきた己の運命を呪わないわけがない。
 何故?
 それも世界が定めたことだと割り切れるほど、フェナサイトは大人ではなかった。理不尽ではないのか これ以上ないぐらい世界に対して心を砕く少女に、その賞与とも言うべきリードの力が与えられていないのは。
 恐らくリード一族は、世界が定めた声に従い、力ない少女を決してさげずむことなく、彼等は彼女を優しく受け入れる。優しさは、時に人を傷つける。力なきものが長であれる理由がない。それなのに彼女にはその重圧が圧し掛かる。
 自分が長であって良いのかと。
 何故、自分が長でなければならないのかと。

「それでも私は、次期長と世界に任ぜられた者。私は道から外れることもなく、ただ信じる道を真直ぐに進むのみ」
 オブシディアの瞳ははっきりと世界に向けて言葉を放った。自分にはない意志の強さを、彼女の全てからフェナサイトは感じ取ったのだった。


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