01.始まりの伝承歌

「貴殿に問いたい。」
 ふと少年が顔を上げると、麻色の長外套を目深に被った人物が、目の前に立っていた。声色から女だという事は判断できるが、それ以外の一切の情報がそれにより絶たれる。胡散臭さが先立ってしまい、思わず彼は眉間に皺を寄せたが、それを咎める者はいないだろう。
 ここは統一王国プランシェアの首都ユーロピウムに存在する図書館。蔵書率は他の図書館の追随を許さない。本が多く保管されている場所特有の臭いが立ち込めている空間に、天井に取り付けられた窓から入った光りが入る。陽気の良い近頃であるなら、読書よりも昼寝をしてしまう者も多そうである。
 ……その暖かな陽光に照らされても、目の前にいる女の姿は、長外套の影によってわからない。
「貴殿に問いたい」
 女は言葉を繰り返した。辺りには自分しか存在してなく、彼女の言葉は間違いなく自分に向けられていることを確信し、内心ため息をつく。机の上に本を広げ、それを静寂の中嬉々として読書を楽しんでいたのだが、どうやら彼の目の前にいる彼女は、彼が答えを口にするまで諦めるつもりは無いらしい。少年は手元の本をパタンと閉じて、真直ぐ女を見つめた。
「俺に、何を聞きたいと?」
 少年は静かに聞き返す。一刻も早く読書を再開させるには一番早い手立てだろうと判断したゆえだ。女は辛うじて隠れていない、僅かに伺える口元をふっと緩ませ、桜色の唇が動かした。
「王の理を、貴殿はどう心得る?」
 それはまるで王になるものに対する質問のようだった。思わず少年は眉を潜める。……しかし、それは当然の反応である。確かに少年はそう問いかけられる資格は有している。だが、そういう質問王位を欲している兄二人にして欲しいと、心の底から思った。
 だが、問われれば答える。この簡単なやりとりを終わらせれば再び静寂が訪れ、本を読むことに専念できるだろう。そう思った彼は、大人しく答えた。
「王……か」
 思えば、今まで不覚考えたことがなかったことについて、彼は真剣に思考をめぐらせる。
「まず、どんなことが起きてもこ揺るぎもしない精神力と判断力を持って…」
 ―――何事にも乱されぬ ゆるぎなき静穏たる精神を持ち
「まぁ王によっては最初だったり、最後だったりする……」
 ――― “始”と“終”を示すもの
「時に、邪念を消して良い方向に持っていく力があって」
 ―――負を優しき思いに変える力あり
「それでいて、何よりも強く、国をすべていくもの」
 ――― 強き 生の力を統べるもの
 少年はまだ脳内で、王の理、資質について考えていたので、女が口元をゆがめている事に全く気がつかなかった。


 ――― 見つけた
 ――― 次の王となる者を
 ――― 唄に残された古の理
 ――― それを最初に口にしたものこそ
 ――― 世界に選ばれた次期王

 見つけた、と再び心の中で呟いた女は、歓喜に震える。
「何だかんだ言っても、王になる人物は人を上手く使えないといけないんじゃないか? あと理性的な人。そうじゃないと、国が成り立っていかないと思う」
 さぁこれで答えは済んだだろう、という視線で少年は女を見上げた。そこで初めて、女が口元を歪めていることに気がつく。
 言いようのない不信感が、彼の全身を襲う。命に関わる事じゃない、だが、厄介ごとには巻き込まれるだろうという不安感。次に発するのに適した言葉が見つからず、彼は思わず口ごもる。数度口を開きかけて閉じるという作業を繰り返した後、彼は彼女に問うた。
「貴女は……一体……」
 ようやく少年は当然の疑問を口にしたが、問いかけの文句はこれ以上ないほど在り来たりな物だった。答えは来ない。二人が対峙している場所は図書館ゆえ、人も少なく、痛いぐらいの静寂に襲われる。数拍間を置いてからその空間の中で、凛と女の声が響く。
「突然の問いかけ、無礼をお許し下さい。フェナサイト・ラーシェリア・フィルス・プランシェア第三王殿下」
「……」
 少年は、フェナサイトは大して驚かなかった。自分の素性はこの国では有名なのだ。プランシェア王国第三王位継承者、の顔を知らない民の方が少ない。フェナサイトは自身の澄んだ紅茶のようなサラサラの茶髪を梳いた。
「貴女の名は?」
 深い茶色の双眸が、真直ぐに女を貫く。だが、彼女は口元をゆがめるだけ。不審に思って、更なる問いを向けようとしたとき、彼女はすっと膝を折った。
「……?」
「非礼をお許し下さい、我が王、フェナサイト次期王陛下。」
 ますます、フェナサイトは分らなくなった。目の前で自分がどうして膝を折られているのか、何故時期王と言われなければならないのか色々突っ込みどころが満載なのだが、どこから突っ込めばいいのか彼はわからない。
「お話します。次期王。あなたが聞きたい答えの全てを。」
 移動しましょう、と彼女は彼女全身を覆い隠している外套を翻して、図書館の出口へと向かった。聞く必要のない話だ、と一蹴してしまえばそれまでの戯言。だが、フェナサイトは酷く興味を惹かれた。
 聞くだけなら、と彼は彼女の後ろに続いた。 この選択が、後に彼の運命を大きく作用する。いや、正確に言えば、彼が歩むべき王道が開き始めたのだ。


 ――― 歌われるために作られた歌詞を口にした者が誘う
 ――― 終わるために作られた歌詞を口にしながら誘う
 ――― 始まりの唄は奏でられた
 ――― そう、始まりはいつも同じであった。


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