3.煽られた炎たち


 ざわざわとざわめく城内。そこには滅多に陽射しの下に現れないような半分犯罪者の称号を与えられていそうなものや、全身で貴族をアピールしているものなど多種多様な人間が集まっていた。やはり戦争中というのは、誰もが名誉を求めるものだろうか とティトリーは心の中で思う。そんな命知らずの独りに自分も数える事にナルトは思っていなかった彼は浅く笑う。
 落ち着きのない一種物々しい雰囲気の中、軍服を着込んだ男たちが数人、集合時間とされている時間から数分送れて彼等の前に現れた。全身全霊で偉そうな雰囲気を醸し出す男たちに気圧されたのか、ばはさっきまでの落ち着きのない、物々しささえ含んでいた空気が霧散する。
 戦場で人を殺している人間の迫力の前には、今まで安穏と暮らしていた多少一般人より腕の立つ人間程度では、気圧されても当然なのかもしれない。しかし、ティトリーは全く動じる事がなかった。
「(多分、こいつ等は最前線で戦う人間じゃねぇな)」
 戦う人間は多かれ少なかれ戦闘で怪我を負う。それを大っぴらにするのが良いというわけではないが、あまりにも怪我もなく、また肌の白さが目立っている。
「(軍師? にしては顔つきがゴッツイ)」
 そんなことをぼんやり考えていると、一番軍服の胸の部分に勲章を付けているヒゲ面の男がわざとらしく堰をすると、いっせいにその男に視線がいった。
「貴公達は、自らの腕を信じ、この国のために奉仕しようとせんと集まった戦士たちである。我々は貴公達のその意志に盛大な敬意を払おう」
 言っている事は偉そうだが、どうもこの言葉が彼の心に響かない。周りの男たちは剣を握り締め、緊張の面持ちで一段高い所から自分たちを見下している軍人を見つめているが、ティトリーは彼等に何の敬意も払えない。綺麗な青空の下で、あまり綺麗とはいえない男の声を聞いていることに対して不毛な気がし始めてどれぐらいか経った頃、建前が終わりよやくおわり、話題が本題へと移行した。

「貴公達をここまで脚を運ばせたのは他でもない。これから戦局はますます激化する。だがしかし!この戦局を勝ち抜いた国こそ、このクランフェルツ大陸の最初の覇国となろうぞ!!」
 その言葉に集まった男たちは雄雄しく叫び声で答える。それをティトリーはただひたすら冷めた視線で眺めていた。確かにその男が言っている事は間違っていない。ここ十年が勝負だと、少しでも国の情勢を、大陸の情勢を知っているものは思うだろう。
 国が勝つためには、資金も補給物資・補給線も必要だが、優秀な人材も必要と言える。……この場合、彼等が求めているのは優柔な人材と言うよりも最前線を駆け巡る二等兵ぐらいの使い捨ての駒を求めているのだろう。
 ガイアルディアにおいて、戦争に借り出されるのは近衛兵団の人間である。この組織は国の軍務の全てを司っている一大組織である。他にも愛国連隊なる組織も存在しているらしいが、この際今は無視しても問題ない。
 ガイアルディアの近衛兵隊はまず上に隊長・副隊長・軍師という三本柱が存在している。その下に軍団長・師団長・旅団長・連隊長・大隊長・中隊長・小隊長・分隊長・准将・曹長・軍曹・伍長・兵長・一等兵・二等兵とだらだらと続いていく。
 勿論、士官学校も存在し、この近衛兵隊に属する人間の半分以上はそこの出身者である。普通、この学校を出てから軍属になることが一般とされていた頃、その学校を出てもしない人間がいきなり入隊した上、場合によっては分隊長以上の地位を与えられるというのだから、誰もが我先にと志願するもの頷ける。
 そしてもうひとつ。
 戦争に出ることなく、王族の側にいるという仕事がある。それは王族直属の『護衛官』という立場で、四六時中彼等の回りにいて、外敵から身を挺して彼等を守る。危険と責任の度合いから言えば、後者の方が危険であるが故に、給金も後者の方が高い。ただし、これは誰でもいいというわけではない。ある程度の身分とある程度の技量が必ず付いて回る。
 特に、ガイアルディアはクランフェルツ大陸で一位、二位を争えるほどの大国である。ゆえに、王族がその命を狙われないとも限らない。王族だけではなく、その周りにいる筆頭貴族で王家の血を引く王位継承権を持つものたちも然り。今回はそれも募集しているとあって、ティトリーが狙うのはずばりそこである。
「まずは我はと思う強者は前に。腕前を披露してもらう!」
 正直な話、名前も名乗らないような相手に披露する腕前は持ち合わせていない、とティトリーは思ったのだが、ここはひとつさっさとけりをつけてしまおうと思い、一歩集団の前から歩みでた。誰も彼もが躊躇する中、一番最初に第一歩を踏み出したのは彼である。
「名は?」
「……ティトリー・ルトルアと申します」
「ルトルア?」
 軍服に身を包んで彼等よりも高い位置にいる男の眉が動いた。それは恐れおののく表情ではなく、また過去の名声を思い出して発せられた感嘆の声でもない。無名すぎて誰だか分らない、という反応だった。もとよりルトルア家はさして有名な家柄ではない。それはティトリーも理解していたが、ここまであからさまだと不快にもなる。
「ふむ……。貴公は何を得意とする?」
「何でも。恐らく一般的に使用されている武器ならば、何でも手足のように操れる自身があります」
 ティトリーのその発言に、周囲の人間が反応してざわめく。何か一芸に秀でていると、言うのならば良く聞くのだが、何でも使いこなせる、というとまた話は違う。周囲がざわめく中で、ひとり大きな槍を持った大男が現れた。豪奢な服を身を包み、全身で偉そうな雰囲気を醸し出している男が現れると、軍人達はいっせいに目を丸くした。
「これはこれは……。リッシャー・マクリア殿」
 ニヤリと笑った男は、完全に見下した視線でティトリーを見つめた。
「オレは槍の使い手だ。このひとつを極めた。なんびとたりともオレの槍を阻めるものはおらん」
 その話を真横で聞いていたティトリーはだから何だと心の底から思った。ひとつの武器を極めるにはそれ相応の年季と根性が必要である。四方八方手を伸ばすより、ひとつの技術を極めたものの方が有効活用できることもまた、事実である。
「(剣が一番得意と言っておけばよかったなぁ)」
 ティトリーがぼんやりとそんなことを考えていると、今度は細身の青年が一歩前に歩みでてきた。細身といっても、それは先ほどのリッシャーに比べれば、の話である。彼には劣る物の、身体つきのしっかりした好青年だった。
「私の名はラナンキュラス・インパチェンス。マクリア殿と同じく槍を使います」
 先に名を呼ばれたリッシャーとはまるでタイプの違う、短く揃えられた銀髪から覗く灰色の瞳は、ティトリーに友好的な眼差しを向けた。これを口火に自分も、我もと次々に男たちが軍人達の前に現れてきた。
 この中で頂点に君臨できれば、誰でも上手くいけば少隊長クラスの地位を与えられるかもしれないと胸を躍らせてはいるが、ティトリーはひとり達観した考えを持っていた。確かに、優遇される地位に上れるものもいるだろう。だがそれは本当に一握りのものだけ。
 実際はやはり消耗品に近しい二等兵・一等兵付近に撒き散らされる 軍としては力量ある駒を欲しているのであるからしょうがない。だがティトリーの目的は軍属になることではなく、給金の高い護衛官になること。自分の腕を振るえ、落ちぶれた家を復興させるにはこれが一番手っ取り早く、一石二鳥である。
 しかし、王族護衛という地位に立つには相応の実力がいる。
「どうすれば、あなた方は我等に我等の望む地位を下さるのか。私はそれを問いたい!」
 ティトリーがそう声を大にしていうと、あたりはシンと静まり返った。
「私はここで、誰かと馴れ合いをする為に来たわけではない。すべては己の名誉と力を誇示する為。故に私はあなた方に問う。どうすればあなた方は我等を認めるのかと!」
 ここにはおそらく、下手な軍人よりもはるかに死線を潜り抜けてきた人間も多く存在しているだろう。また、ティトリーのように人をまだ殺した事もないような人間もいるだろう。ティトリーよりも年上の人間も、年下の人間も多く含まれる中で、たった十八歳の少年の発して声に、姿に、人々は釘付けになった。


 どこからともなく拍手が聞こえた。それは複数人が手を叩く音ではなく、たった一人の人間がティトリーのために捧げた拍手だった。三列横隊に並んでいた軍人達が一斉に道を作った。
 城内から真直ぐに歩いてくる一人の人物。他の軍人とは異なる、紺色の軍服を身に纏った男。それは顔に笑顔を称え、手を叩きながらただ真直ぐに一段高くなっている城内から続く道を歩いてきている。
「スティアラン隊長! 何事ですか!?」
 今まで演説をしていた中では一番偉そうな男が、手を叩きながら歩いてきた男に声をかけた。
「いや何もありはせんよ。ただ執務室にいたら、いい声が聞こえてきてな。どれだけ有望な若者が集まったのか気になって少し様子を身に来ただけだ」
 にっこりと微笑む彼の姿を視界に捕らえた志願者達は、再びざわめきだした。無理もないといえば無理もない。目の前に現れたのはガイアルディア近衛兵隊の隊長、スティアラン・フィルーネ。先程自らをやりの使い手と名乗ったラナンキュラスという人物とあまり相違ない髪型をしてはいるものの、色は対照的と言ってもいい。彼の持つ色は星の光をも飲み込んでしまいそうな漆黒。髪もその双眸も、全てを塗潰す強い色を持っている。細められた瞳が、ティトリーを捉えた。
「君かね、先程の言葉を言ったのは」
「はい」
 ティトリーは真直ぐにその漆黒の瞳を、黒紅色の瞳で貫いた。スティアランの瞳がますます細められる。二人は暫く言葉を発さないで見詰め合った。否、にらみ合ったといっても過言ではない。眼光にもし人を殺せる力があるとしたら恐らく双方は命を落としているのではないか、と周囲の人間に錯覚させるぐらいの雰囲気を二人は醸し出していた。
 周囲のものが固唾を見守る。今動いたら張り詰めた空気が音を立てて壊れてしまうのではないかと思うぐらいの空気が肌に痛いと、恐らくその場にいる人間全てが感じているのではないだろうか。広場にそよぐ風さえも、今は止んでいた。世界から音が消えたような錯覚を、時が止まったような錯覚を周囲の人間が思い始め、呼吸さえも苦しくなってきた頃、ようやくその雰囲気が和らいだ。
 スティアランは貼り付けた笑みではない、本当の笑みを口元に浮かべていた。
「いい目をしているな、君は」
「……」
 警戒を続けて、ティトリーが言葉を発さないように周囲は捉えたかもしれない。しかし、それは事実と違った。はっきりと言葉を紡ぐ事が、今の彼には出来ないのだ。スティアランの強い強い眼光により、今のティトリーは全身に嫌な汗を流している状態なのだ。睨みつけるだけで精一杯、といった感じだった。
「名乗るのが遅れてしまって申し訳ないな。私の名はスティアラン・フィルーネ。近衛兵隊の隊長だ」
 すっと差し出された手を一瞬取る事を躊躇したティトリーだったが、少しだけ間を置いて自らの手を彼に重ねた。
「ティトリー・ルトルアと申します」
「ルトルアか……懐かしい名だ」
「懐かしい?」
 ティトリーは形のいい眉を歪ませ、彼の言葉を復唱した。その表情にスティアランはクツクツと喉で笑う。
「私の剣の師の名を、ヴァルンガ・ルトルアと言ってね。聞き覚えはないか?」
「……………私の祖父の名です」
 ティトリーが驚いて目を丸くしながら、蚊の鳴くように呟いた。その様子に彼は満足そうに微笑んだ。
「あの人と同じ強い目をしているな。ルトルア家の者よ。……上に上がってくるのを待っている」
「身に余るお言葉、光栄です」
 彼は素直に、あまりにも自然にこの言葉を発している自分に驚いた。今まで見たどの軍人とも違う彼に。ただ地位と権力を振るい、上官に媚びへつらっているあまりにも醜い連中とは違う。毅然として真直ぐに、どんな身分のものにでも敬意を持って接する事ができる人物が軍にいるとは、正直ティトリーは思っていなかった。
「(まぁ、こういう方がいなければ、この国はここまで生き延びる事はなかったか)」
 彼は内心でそう失礼な事を思った。それを察したらしいスティアランはふっと笑い、彼の手を離した後、大衆を見回して言った。
「ここに集いし強者達よ。我々は君たちを大いに歓迎する。存分に君たちの実力を発揮してくれたまえ。そして我が王のため、我等が国の為、その力、余すことなく発揮する事を私は強く望む!」
 スティアランの声は広い広い広場に、風が駆け抜けるように響き渡り、次の瞬間には怒号のような男たちの叫び声を発生させた。唖然と彼の姿を見つめるティトリーと再び目のあった彼は、もう一度彼に微笑むと、くるりと身を反転させ、再び道を戻っていった。
 その瞳は『昇って来い』と語っているかのように、彼は思えたのだった。




「……お前は喧嘩を売りに言いったのか?」
「いや、試験受けに行ったんだって」
「そうは聞こえないんだけど、どうしてだ?」
 ルリアランスは呆れてそう呟いた。上官に悪印象を与えかねないほどの不遜な態度で望んだ彼は、らしいといえば、らしいのだが、これでよくもまぁこの地位まで上り詰められた物だと彼は思った。
「これも全て愛ですわねぇ」
 ほうと両頬に白魚の手を添え万感の溜め息をついた。苦笑しながらその様子を見つめるアイネルトが彼女に突っ込みを入れる様子がないため、盛大な溜め息を付きながらルリアランスが言う。
「どれもこれもすべて愛の一言で片付けるの止めてくれる?」
 彼がげんなりとした表情で言った後、椅子に深く腰掛けた。これぐらいでへこたれてたら、この先身が持たないぞ、とティトリーはよっぽど言おうと思った。が、また怒鳴られそうなので、微笑を浮べるだけに留めて続きを語り始めた。





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