6.支配者たる所以


「随分とまぁ、統率の取れた賊だなぁオイッ!! 最近はこういう形が流行ってんのか!?」
 剣と剣のぶつかり合うと、人々が叫び、逃げまどう声が木霊する。その中で、ヴァイエルは銀色の瞳を細め、どこか楽しそうに剣を振るっていた。
「無駄口を叩いてないで、ご婦人たちを安全かつ速やかに逃がすように!」
「わぁってるっつーのに!」
 逃げてくる貴族たちを避け、暴れまわる刺客たちを殺さない程度に仕留めるのは、決して容易な作業ではない。口と手を同時に動かし、なおかつ脅える女性をなだめることさえするジェルドを横目で視界に捉え、自然と溜め息を零した。
 一瞬の注意不足は、このような乱れている空間においては命取りとなる。油断していたヴァイエルの背を目掛けて、銀色の剣が突き刺さりかけると、別の剣がそれを制して、変わりに男の醜い悲鳴が聞こえる。
「何してるんですか! よそ見してたら怪我しますよ!」
「……お前、それ死んだかもしれないぞ?」
 ヴァイエルを助けたのは、フェイルだった。しかし、ヴァイエルも後ろから近づいていた刺客に気付いていたらしく、それを回避する手立ては打っていたらしい。礼も言わず、足元に倒れ伏して動かずに地を流す刺客を指差した。
「最終的に刺客の一人が生き残ってれば、後はどうとでもなります! その前に礼の一言も無いんですか?」
「お前も来てたのかシオ!」
 血の付いた剣を掲げながらやってきたのは、シオンでだった。紫色のマントはそれだけで騎士たちの居場所を知らせる目印であり、事態が変わり直ぐに彼は仲間と合流すべく、渦中の中に飛び込んできたのだ。
「おや、シィも来てたんですか?」
「ええ。……フェイル殿、いい加減私の事をそう呼ぶこと、止めていただけませんか?」
 不満そうにそういったシオンに、フェイルは深緋の瞳穏やかな光を、その表情には笑みを浮かべて答える。シオンのことを子ども扱いする大人たちは、大抵彼の事をシィと呼ぶ。それを快く思っていない彼は、碧色の双眸を曇らせる。それでもフェイル揺るがない。
「それは、私に剣で勝ってから、ね」
 ディライトという地位を持つ青年がそういうと、シオンは眉間に皺を寄せ、表情をさらに歪めた。
「……お前等、頼むからこんな状況でこんな呑気に戦ってんなよ……」
 それを見ていたヴァイエルは盛大な溜め息を付きながら、決して呑気とはいえない状況で剣を振るい続けた。内心で皇帝の下へ駆けて行ったルーベが早く戻ってくることを、切に、切に思った。

「何でお前がこっちにいるんだよ!!」
「黙って剣を振るえねぇのか! 口動かすより手ぇ動かしやがれっ」
 ともすれば、刺客よりも先にお前を殺すと言わんばかりの怒気を孕んだ言葉をルーベはカズマに投げかけ、その言葉の中の本気を察したカズマの空色の瞳には必死の光以外のものはともらない。
 一合、二合目にはもう相手の肘から下が、打ち合った相手に存在しないという悲惨な絵を大量生産しながら、ルーベとディアルとカズマは走っていた。
 騎士という名を持つ物として、当然のごとく、皇帝の御身を守るために彼の元い馳せ参じなければならない。彼の元へ飛んでいくのではなく、刺客を倒しながら皇帝陛下の元へ参ぜよ、とこの状況下において不適切と言われてもおかしくない伝令が魔力によって周囲の騎士に伝わっていた。
 軍務長官からのお達しとあれば、騎士団としても逆らう事も出来ず、混乱する場内で逃げ惑う貴族を避けつつ、刺客を生け捕れという意味不明かつ、面倒臭い命令に従わざるを得ない。しかし、果たしてこれが一体どれだけ守られるだろうか、とルーベは思う。致命傷を与えない程度の傷を与えて進むのは容易ないが、殺すよりは手間のかかる作業だった。
 出来ない事も無いのだが……。真横でそんな命令に関係なく切り結んでいる部下の姿を見ると溜め息もつきたくなるのが彼の今の心情だった。そして何より、この場にはカノンがいるのだ。このような状況にはただでさえ不慣れであろう少女を、戦いに巻き込んでしまい、己の手で守れない現実が、ルーベにとって一番の苦痛だった。
 なので、余計に苛立ってしまう。剣を振るいながら、思わず舌打ちをしてしまう彼の顔は、普段穏やかな彼とは似ても似つかない恐ろしい顔をしていた。
「……陛下、お下がりください」
「否、いい」
 玉座に座るサンティエに、いつの間にか現れたマハラが進言するがそれは受け入れられる事は無かった。マハラはどこか苦く笑ったような雰囲気で言葉を続けた。どこか楽しげにこの混乱を見下している主がまるで子供のように見えて、それを諌めるのはいささか気も引けたが、とりあえず彼は言葉を唇に乗せた。
「恐れながら、危険です。お下がりを」
「……お前は我が本気で危険にさらされていると思っているのか?」
「……いいえ」
「ならば、しばしここに留まろう。面白い催し物ではないか」
 生き生きと状況を見守る彼は動じる姿を微塵も見せない。悲鳴と剣戟とが入り混じり、酒と血の臭いが入り混じる、狂乱の宴を彼は楽しげに見つめる。止めるでもなく、加担するでもなく、ただ彼は高みから全てを見下していたのだ。無論、その中に、実弟の歪んだ顔、その婚約者の困惑し切っている顔も混ざっている。
 これは始まりに過ぎない。否、始まりにも満たない小さな虚な出来事であることを、サンティエは理解していた。
 ……突然観覧を邪魔する無粋な影が三体、玉座に飛び掛ってきた。それも、分かっていて彼はあえて止めなかった。
「サンティエ・アルフェルド・リア・ライザード!! お命頂戴っ!!」
「陛下っ!」
 彼は不敵に笑ったまま、側近を片手で制し、もう片手を無粋な三体に向かって翳した。


 時が凍った。この瞬間だけ誰もが息を飲み、行動を止めたのだった。瞬きをするような短い時間で、愚かにも皇帝の命を狙った男たちの命のともし火が消えた。
 サンティエが手をかざした瞬間、彼に突進していった黒装束の刺客たちが燃えた。断末魔の叫び声を上げる事さえ許されず、男たちは燃えていった。まるで最初から人だけ存在していなかったように、銀色の剣だけが残り、支えをなくしたそれは涼やかで滑稽な音を立てて地面に落ちる。
 それを間近で見ていたルーベは思わず絶句してしまった。確かに、この襲撃はどう見ても茶番である。それを兄が気付かない訳が無い。自分の命が危険に曝されているわけではないのに、彼は全てを嘲笑いながら手をかざし、無意味に人を殺したのだ。こんなことが、まかり通っていいはずが無い。
 レイターであるマハラが側にいるのであれば、また彼がどうすることも出来ただろう。それをあえてしなかった事が兄らしくて、とても嫌に思った。
 人が燃える嫌な臭いさえ発する事の無い、炭屑を面白くなさそうに見下したサンティエが立ち上がると、階段の下で彼を見上げていたルーベに笑みを向けながら言った。
「興醒めだ。これ以上は無意味だろう、あとはお前が始末をしておけ」
「……御意」
 ルーベは苦虫を噛み潰したような表情で彼に返事をした。それに満足そうに頷いたサンティエはマハラを従い、その場から姿を消した。
「団長……」
 控えめに、カズマが彼に声をかける。気分の良い光景ではなかった。しかし、現実離れした情景でもない。戦いの中に身を置く物としては良くある光景であるし、あのような行動を取っていたのは、ルーベ自身だったかもしれない。そう思うと彼の気も滅入る。
 それでもまだ終わりではないこの下らない茶番を終わらすためには、今を見つめ、今なすべき事をするしかない。例え、まざまざと相手との力の差を見せ付けられたとしても。これが、兄であり、現皇帝の力だというならば、それを超えれば済むことである。生まれてこの方、ルーベは兄に劣ると思ったことは一度も無かった。
「カズマ、ディアル、皇帝陛下はいなくなった。まとまってやるより、散ったほうが残党を始末しやすい。一対多でもお前等ならこの程度どうにかなるだろう?」
 カズマもディアルも無言で頷き、そして次の瞬間には二人とも別々の方向へと走っていった。さして数も多くなく、腕もたいした事のない飾り程度の刺客に、第一位階の騎士が手こずるはずも無い。この場は彼らにまかせても大丈夫だろう、とルーベは思い、そのまま踵を返した。


 会場の中央部での混乱は大分収まった物の、出入り口付近には今だ刺客が存在していた。皇帝を守ることが第一であり、貴族達は極端に言えば二の次である。しかし、操られた黒尽くめの刺客たちに貴族達まで襲う気はさらさらない。彼らの正体は騎士に名を連ねる者たちであり、貰った報酬以上の仕事をするほど気立ても良くなかった。
 故に、もう一つの命令である『ルーベの婚約者を拉致する』という目的に専念できるのである。目的の一つは、ルーベとカノンを引き離す事、その上で彼女を捕まえていく事が目的であった。しかし、ひとつだけ誤算が発生していた。
 いつまでも、少女の悲鳴は生まれる事がなかった。
「カノン、大丈夫!?」
「ええ、ミディ様は……」
「この程度で根を上げるほど、わたくしはまだ落ちぶれちゃいなくってよっ!!」
 一本は己の剣を、もう一本は倒した敵から奪い取った剣を、左右に構えた剣をまるで自分の手足のように自由に扱い近づいてくる刺客たちを次々に倒していくミリアディアにカノンは安堵の息もついた。だが、彼女とて女性である。成人男性と戦っていれば体力の消耗の度合いも半端ではなく、傷も負わないわけではないので彼女の陶磁器のように白い肌に赤い線が増えていくのは見るに耐えない。
 カノンは彼女の作った防御壁の中に入るため、攻撃も届かない上、誰かが触れることも出来ない。彼女自身がこれに触って壁を壊さない限り、あるいはミリアディア以上の魔力を持つものが壊さない限り、この壁は崩せない。
 ミリアディアに敵の急所を外して、殺さない程度の怪我を負わせるという芸当を今求めるのは酷である。いかに正確に急所を着き、相手を戦闘不能状態に陥らせるかということが現状では求められている。殺すつもりで来ているのであれば、殺される覚悟も相手にあるのだろう、先ほどから生み出される黒い屍を見ても彼らは攻撃の手を緩める事は無い。
 彼女はギュっと両手を胸の前で組み、自分のために闘っているミリアディアを見つめていた。何も出来ないことを歯がゆく思いながら、足手まといにならないためにも、ここで大人しくしていなければならない辛さにおこがましくも耐えながら。
 ふと、視線を彼女から外すと、彼女を目掛けて弓を構えている人物を見つけた。そしてその弓の先端には紅蓮の炎が宿っていた。どういう理屈で灯っているのか、カノンには理解しがたかったがそれに魔力が使われていることは、何となく理解が出来た。その火の灯った弓は、まっすぐにミリアディアの方を向いていた。整えた明るい茶色の髪は、その激しい動きゆえに乱れ、表情に疲労の色が隠せない。
 恐らく、彼女はその弓の存在に気がついていないのだろう。その間にも、弓は確実に彼女を捕らえる。
「ミディ様っ!!」
 悲鳴に近い声を、カノンは発した。その尋常ならざる声を聞いたミリアディアが振り返ると、身を翻した彼女に飛び掛るようにカノンが彼女に体当たりをしたのだった。放たれた矢はカノンの肩口を掠り、そのせいでシュと軽い音をたてて炎が消え、肩口の布を裂いてそれは地面に突き刺さった。慣れない痛みに彼女は琥珀色の瞳を歪める。
 地面にカノンがミリアディアに覆いかぶさるような形で倒れていたのを、即座に彼女は起き上がりその身を入れ替えた。
「貴女、自分のしたことがわかって!?」
 カノンを後ろに庇いながらミリアディアは彼女を怒鳴った。肩を押さえながら、彼女はハッキリと言う。
「弓がミディ様を狙っていたんです! 声をおかけしてももう間にあわなくて……。むざむざミディ様に弓が刺さるの見過ごせと仰るのですか!?」
 彼女は自分の瞳が熱くなるのを感じた。自然に、涙が溜まっていく。痛さのせいというよりも、彼女はあまりにも悔しくて。非力すぎる自分が悔しくて、目の前で自分のために傷つく人を見ているのが辛くて、守られてばかりで何も出来ない自分に腹が立って、様々な感情が彼女の中で渦巻く。
 周囲は、急に消えた強固なミリアディアの作った防御壁と、仲間の放った火が消えうせた事でどよめきが起こり、一瞬行動が止まってしまった。しかし、それも本当に一瞬の出来事で、カノンたちの会話が終わる頃には、再び彼らの無情な剣が振り下ろされる。
 ミリアディアがカノンを庇うように抱きしめ、襲い掛かる痛みと衝撃に耐えようと目を瞑るが、いつまでもそれは起こらなかった。その代わりに剣と剣がぶつかりあう、高く澄んだ音が彼女たちの耳に届いたのである。


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