15.それから……


 彼らは話しに聞き入ってしまい、話が一度区切られるたびに漏らしていた言葉を慎み、先を、先をと急かしていった。
「まぁ、後にも先にも、王子がそんな素っ頓狂なことしたのはあれが最初で最後だったけどなぁ。」
「でもそれが嬉しかったんでしょ? 隊長」
「まぁな〜。っつーわけで、これで馴れ初め話おしまい」
 アイネルトが嬉しそうにそういうと、それ以上に喜びで破顔してしまっているティトリーを見て、彼女は苦笑する。
「……ルリィって、昔から愛され体質でしたのね」
 今まで一言も発さずに黙って聞いていたジュリエッタが思わず、といった風に言葉を発した。今までの経緯から一体なぜと言う意味も含めて、唖然、と言うか呆然とアイネルトの言った話の内容も含めて、ルリアランスはそれに答えない。否、答えられない。
「そーなんだ。だからオレ、昔っからライバルが多くてよ」
 よよよ、と泣きまねをするティトリーは、ジュリエッタの素っ頓狂の発言にも動じず彼女の素のノリで返す様はルリアランスの石化を永らえさせる直接的に影響している。
「ご苦労なさってますのね、隊長。心中お察しいたしますわ」
 能天気に目の前で交わされる言葉に、硬直していたルリアランスの石化が少しずつ溶けてきているように、傍で見ているアイネルトは感じた。

 ルリアランスに対するティトリーの思いは至極暖かな物である。話しを聞いていて、それこそ最初は名誉、金の為に護衛官への道を歩もうとしていた彼であったが今は違う。
 ルリアランス・フォーラル・ファン・ガイアルディアという一人の人間に対して思いを寄せているからこそ、自らの命が危険に及ぶ事も省みず、彼を守りたいとティトリーは切望するのだろう。
 彼のために死ねるのならば、本望。そう盲目するほどに、今のティトリーはルリアランスを大事に思っているのだ。
「隊長が隊長になったのはいつ頃なんですの?」
「ん? ああ、ジュリィは二年前の戦い知ってるか?」
「いいえ?」
 キョトンとした表情で即答する少女に苦笑するティトリーに、彼に代わりアイネルトがやはり苦笑しながら答える。
「先のあの戦い、王子も参戦したんだよ。それは知ってる?」
「……。ああ、確かお父様がそんな事言ってましたわね」
 ポンと軽く手を叩き、ころころと笑う少女には恐らく生涯戦争の真の恐ろしさは理解出来ないだろう。それをこの場にいる三人は三者三様に心に思った。
「その時にも、やっぱり隊長功績を立てて……ね?」
 なんともいえない苦笑を浮かべながら、アイネルトはティトリーをちらりと見つめる。彼も溜め息をつきながら、彼女の言葉を続けた。
「そん時、隊長たち……まぁオレらの前幹部連中ってことになる連中が、辞めちまってよ」
「まぁ」
「んで、そのままオレ達にぜ〜んっぶ面倒ごと押し付けやがって、てめぇらは私設王護衛隊とか作っちまって現在に至る、と言うわけだ」
 いっそゲンナリと言う表情を称えながら言ったティトリーの心中はここでは決して吐露できな心の叫びが詰まっているだろう。それを察するアイネルトはただ苦笑するしかない。
「伯父様それを許容なさってしまったの?」
「……ああ。まぁスティアラン前隊長の功績からみたらそれぐらいあっても許容されるだろうからな」
 ルリアランスは目の前で繰り広げられていた会話を全て流して、自分に冷静さを一生懸命言い聞かせながらジュリエッタに答えた。
「伯父様らしいですわね」
「甘いんだよ、父上は」
 コロコロと笑うジュリエッタの表情に比べ、ルリアランスの眉間には深い皺が刻まれ、彼の口からは自然と溜め息が出てくる。
 それもそのはず、ルリアランスの王子はおよそ政に向いているとは思えない程優しく、物事を時と場合によって見分けられない程の物であり、それを真横で見ていたルリアランスは物心付いた時からいつかこの国は滅びると真剣に恐怖し、頼りない父の変わり自分が国を支えていこうと幼心に誓ったのだ。
 これが現在、彼が政に対して異常な才覚が発揮されていることに繋がっている。実際問題、ガイアルディアの国政はこの若干二十歳の青少年が全て白黒わけ、父王がサインするだけの状態にまでそろえているのである。
 父王は『出来た息子を持って幸せだ』と呑気に構えられているので、彼はこうせざるを得ない。なんとも父親孝行な息子である。父が頼りないと、息子はどうしても立派にならざる得ないのが世の常と言う物である。

「オレもいっそ王子の私設護衛団でも作ろっかなぁ」
「僕は認めないからな、そんなもの」
「そんな物ってなんだよ、そんな物って!」
 溜め息交じりにそう呟くティトリーに、ルリアランスの冷ややかな一瞥が飛ぶ。
「くっそー、お前にオレの気持ちがわかってたまるか!」
「理解したくもないね。もしそんなもの作るんだったら、前隊長のようにしっかり後を継げる者を育ててからにしろ」
 彼がそう冷たく言い放つと、自分の顔の前で手を合わせてジュリエッタは嬉しそうに微笑んだ。
「ルリィは優しくなりましたわね。ちょっと前の貴方でしたら、私設護衛団なんて断固として認めないって言ってたんじゃなくて?」
「……当分無理だろう。今の近衛の戦力を考えたら、まだまだコイツの力も軍師の力もラナンの力も必要なんだ。今の幹部を次ぐ者が出来た頃には、ガイアルディアが大陸統一して、僕が王に即位しているよ」
 さらりとそう言ってのけるルリアランスの言葉は、隊長であるルリアランスの、そして軍師であるアイネルトに対する賛辞でもあった。その言葉を重圧と取ることなく、二人は当然、と軽い笑顔を称えて微笑んだ。
「あーじゃー、その頃になったら私設護衛団なんて作る必要ねぇな」
「え? なぜですの隊長」
「考えてみろよジュリィ。『団』何て作ってみろ、大陸中の王子親衛隊が集まっちまって敵よりもまず先に、そいつらどうにかしなくちゃなんなくなるんだぜ?」
 冗談じゃない、と言外にティトリーは語る。そしてルリアランスも彼とはまた別の意味で冗談じゃない、と心の中で叫んでいた。
「大体な、王子を護るのはオレ一人で充分だ。他の人間なんていらねぇよ」
 無駄なまでに自信たっぷりに、言い切るティトリーの姿は何の根拠も無いにも関わらず、実に頼もしく彼らの瞳に映った。しかし、彼の言葉は真剣その物であり、いつかそう遠くない未来にそれを実現してしまいそうな強さがあった。
「……ああ、でも……」
「でも、何です?」
「ん〜……」
 何かを思い出したのか、ティトリーの黒紅色の瞳は細められ、口元は締まりなく緩まる。彼の脳裏に浮かぶ情景が思わず彼をそうさせるのだ。
「その頃になったら、多分、王子がオレの為に法律改正してくれてると思うから。オレ正々堂々と王子の護衛官になれてるって思ってな」
 嬉しそうに締りのない笑顔で彼が言った後、一拍間を置いてからアイネルトとジュリエッタが声を荒げて同時に叫び声を上げた。

「えー、えー、本当ですか王子!」
「もぅ、ルリィったら!! 粋な事しますのね! 流石だわっ!」
 そうルリアランスを賛辞する二人の瞳には、夜空に広がる星々のきらめきにも負けない輝きが宿っており、その瞳を持った二人に迫られた彼はただ恐怖を感じるより他無かった。
 狡猾で獰猛な悪意より恐ろしい物があり、その正体は愚かなまでに真摯な善意である、と書いてあったのをふと思い出した彼は、その作者の言葉の正しさに心の中で盛大な賛辞を送った。そして暴走の一途を辿る二人を諌めようと必至に言葉を紡ぐ。
「いや、あの、二人とも……。まだ変えてないし、僕が王位に付いたらって話し出し……とりあえず落ち着け?」
 しかし、それでも一向に二人の会話は止まらない。まるでトリップしたかのように当事者抜きで会話を進める二人の世界に、所詮男であるルリアランスは到底太刀打ちできない。
「これが落ち着いていられますか! いっそわたくし伯父様に直訴して来ようかしら? 事情を話せばお優しい伯父様のことですもの、ルリィに王位を直ぐにでも渡して……」
「……本気でそれ止めてくれる、ジュジュ」
 父王の性格上、姪であるジュリエッタが会いに行き、事の次第を話したら本当に帝位を退いてしまう可能性がある。ただでさえまだまだ国同士の諍いが多く、混乱の続く世の中で、崩御以外の形で国王の交代は避けたい所である。
「何遠慮してますのルリィ」
「迷惑がってるのに、亜音速で気が付いて……」
 あんまりにも不思議そうに呟いた無能な従妹の反応に、いっそ全ての生気が吸い取られたかのようぐったりしながらルリアランスは制止の声をかけた。
「まぁ、確かにいきなり王陛下に『退位して下さい』何て言ったら、いくら身内と言えども不敬罪になっちゃうよ?」
 苦笑しながらアイネルトがそういうと、恨みがましい目でルリアランスがティトリーを睨みつける。
「今すぐあのトリ頭のボケを不敬罪でしょっぴきたい」
「それってオレ?」
「お前以外に誰がいる? 大体、その約束したのだって、お前が僕を城からのが攫いにきたのが原因だろう」
「あー。そうだったなー。ってか、原因言うなよ。きっかけって言えよきっかけって。」
 ルリアランスの言葉に、アイネルトは苦笑しながらティトリーに言葉を向けた。
「ん〜でも、誘拐しようとしたのは普通に不敬罪だよ」
 改めてしみじみと言われてしまうと、ティトリーも言葉を詰まらせるしかない、が、彼にもまた言い分があるのだ。
「だってしょーがねぇじゃん? その戦いが終わったと、所詮しがない大隊長だったんだぜ? 滅多な事じゃ王子に会えねーし……。会いたいって思ったら、会いたいじゃん」
 まるで子供のような言い草で言い放たれた言葉は、二十三の軍人の言い方には到底思えない物だが、その切実な心境は伝わってくるものがある。本来そんな事が発覚したならば、役職免職・国外追放・死刑を突きつけられるだろう。しかしそれはばれる事は無かった。
「嫌じゃなかったんでしょう、ルリィ」
「……別に」
 プイっとそっぽを向いてしまった愛され体質の従兄をフフフと笑いながら、改めてジュリエッタは藍色の目を細め、その美貌に相応しい笑みを浮かべる。



 今はまだ眠れる獅子に全てを捧ごう

 
 これ以上ないほどの歓喜を胸に

 悲しみも喜びも彼と同じく出来る事を
 いとおしささえ抱きながら

 ただ光だけを抱き
 朦々とした世界を照らし
 王の器を永久に失わず

 君の傍らで囁く歴史よ
 生まれ出すべての物に祝福を





 それは全ての始まりの一欠けら
 こうして世界は胎動し、遠からぬその日に産声を上げる序章に過ぎない。


END





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