おかえり 3

 あれやこれやと喋っている間に、日は沈みきってしまった。屋敷に戻るといったルーベと共に、シェインディア家をあとにしようとカノンは思っていたのだが『折角来たのに一泊もしていかないのか』という三兄弟の強い視線に耐えかね、一泊することになった。
 三兄弟の押しの強さにはルーベも苦笑するしかない。
「明日、朝一で迎えに来るから」
「はい」
「別来なくていいぞ、ルーベ。リリィは僕たちの妹なんだ。嫁入り前なんだし、別に家に居る事に不自然はないからな」
 扉の前でルーベを見送るカノンの肩を抱くリィゲルに対して、ルーベは浅く笑って見せた。
「それもそうだが、本人の意思を尊重してやるのも兄弟愛なんじゃないか?」
「なぁに、一晩いればお前のところになど帰りたくなくなるさ」
 朗らかに笑いあうリィゲルとルーベは、顔こそ笑顔だが声はまるで笑っておらず、傍らで見ていたカノンは胃が痛む思いをしていた。
「お二人とも、大人げないですよ。カノンが脅えています」
 お互いを認め合っているからできる会話とはいえ、今のカノンにとって居たたまれなくなるに十分な会話だった。それをシュリューテが諌めるように口を挟んだ。
 すると、リィゲルは紫紺色の双眸を細めてルーベを見やった。
「何やってんだよルーベ。お前が怒るからカノンが怖がるんだろう」
「……お前と会話してると疲れる。じゃあ、あとは任せる」
「心得ております」
 彼が溜息混じりにそういうと、彼は今度こそ踵を返した。カノンはまだ数日も共にしていない人物であるのに、彼が自分の下から離れていくことがたまらなく不安に感じていた。
「大丈夫ですよ、ここには姉上を害する者なんて、誰一人いませんから」
 ふと視線を横に移すと、末弟のダーリエがカノンを安心させるようにやわらかく微笑んでいた。
「万が一、そんな不貞な輩がいたとしても、僕たちが姉上をお守りします。ご安心なさってください」
 そうやって笑う唐突に、新しく出来た家族に対して彼女もつられて笑顔を作った。ダーリエは一歳しか年齢が違わない。それでも、年長者としてカノンを敬い、弟として姉を守るという。
 そんなダーリエにカノンは目を細めた。
「よし、じゃあダーリエ。カノンを部屋に案内しろ」
 ルーベの去った後、リィゲルはダーリエに視線を移してそう言った。
「リリィに部屋を気に入ってもらえるかわからないが……。存分に寛いでくれ。入用な物があれば、ダーリエに言えばいいから」
「いえ、でも……!」
「僕では役不足ですか?」
「……ッ!」
 一歳しか年が離れていないとはいえ、年下の少年に憂い顔を浮かべさせてしまったことに対してカノンの胸は罪悪感に苛まれた。結果、スマートなエスコートを彼から受ける事になる。
 階段を上がり、三階建ての建物の三階まで彼女は連れてこられた。
「……ここが?」
 繊細な彫刻が施された扉を開いて、彼女の視界に広がった世界に、彼女はこれ以上の言葉を紡ぐ事が出来なかった。
 ルーベの屋敷も凄かったが、それに負けず劣らずの調度品の数々に、カノンは眩暈すら覚えた。部屋には、多少の書き物が出来る机と椅子、そしてベットがあれば十分だという感覚のカノンにとって、クイーンサイズとも取れる寝台に、客人を十人は呼べるような机とソファ、どれ程の収納力を有しているのか想像も出来ないクローゼット、整備された鏡台はどれも過ぎるものだった。
 加えて、そのどれもが目の肥えていないカノンでさえも理解出来るような高級な代物である。感嘆に近い溜息をついていると、
「お話が急でしたので、凝った物が用意できなかったと兄たちが嘆いていました。……お気に召しませんか?」
「いいえ……。豪華すぎて驚いてるんです」
 そう言うと、ダーリエはじっと彼女の顔を見つめて言った。
「姉上」
「はい?」
「僕は姉上の弟です。どうぞ敬語を外してください」
 年下、ではあるもの、本当の姉弟ではない。そして元来、カノンは人と話していて、会話の中で丁寧語でなくなるまでに少し時間を有する。躊躇の言葉を口にしようとした時、少年はにっこりと笑った。
「遠慮なさる事はないですよ。僕たちは姉弟なのですから」
「……じゃあ、そうさせてもらうね」
 あまりにも愛らしい笑みに、言葉を詰まらせたカノンは困ったように笑いながら、少年に答えると、彼は満足そうに頷いた。そして再び言葉を紡ごうとする素振りを見せる少年に、彼女は柔らかく問いかけた。
「何?」
「いえ、あの……」
 言いよどむダーリエを見たカノンは、一拍間を置いたあと、小さく笑った。そして、さほど身長の変わらない可愛い弟の紫紺の双眸を覗き込みながら彼を呼ぶ。
「ねえダリィ」
「はい、何ですか?」
「折角だから、少し部屋に居てくれない?」
「え?」
「この広い部屋に私一人じゃ、寂しいわ。眠たくなるまで、私とお話していてくれない?」
「喜んで! では、茶を持ってこさせましょう!!」
 輝いた表情に、彼がとても喜んでいることが伝わってきた彼女は口元の笑みを深めたのだった。


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