元女子高生による異世界日記 01


4月19日
 シェラルフィールドに来てから、この間初めて自分の鞄を開けた。考えてみれば、今まで自分の革鞄があったのを忘れていた。鞄の中には生徒会用に用意した分厚くて真新しいノート。ルーズリーフも筆記用具類も入ってる。さすがに、携帯の充電はもう切れてしまっているけれど、これだけあれば日記も書けると思ったので、今日の出来事とか、取りとめもないことだけど書いていこうと思う。もし、もとの世界に帰ったとき、いい思い出になるように。
 たとえ見つかっても、誰も日本語を解読できないから、多少湿っぽくなっても大丈夫だろうと思いつつ。それよりも、日本語や漢字を忘れないように。それが一番深刻かもしれない。
 ふとしたきっかけで、鞄を開いて楽譜を取り出してお母さんが英語で作詞した曲を歌ってみたら、ルイーゼが凄く喜んでくれて嬉しかった。歌はやっぱり好き。MDでもあればまた話は違ったのかもしれない。この世界の楽器を何か習ってみようかなと思った。今度ルーベ様に相談してみよう。


4月20日
 今日も今日で暇な一日。グレスリィ様が通ってくださるお陰で、この国の言葉は大体理解できたつもり。今は古語を勉強させてもらっている真っ最中。どの世界でも、歴史を学ぶことは面白いと思う。今日はグレスリィ様に渡された本を一日解読。解読って言っても、学校の古典のように今と全く違う、とかそういうのはないから、ゆっくりなら今の私でも読める。覚えるだけなら得意だし。
 この話は、新たに神官になった人が読む話だという。皇祖帝の功績と共に、四玉の王についても書いてあった。これを全部読み終わったら、『異世界からの鍵』と私と一緒の立場になった人の文献も読ませてくれると言うので、暇な時間を全部解読に当てようと思う。私と同じ『鍵』と呼ばれる人は一体どんな人だったのだろう。やっぱり、最初は途惑ったのかな? 聞けるのなら聞いてみたい。同じ立場の人がいれば色々相談も出来るし。
 なんて無理な話はここまでにしておいて解読作業に戻ろうと思う。いつか、何でも本が読めるようになるのを目標に頑張ろう!


4月21日
 疲れた。三日目にして日記を挫折するかもしれないというほどショッキングな出来事発生。明日書けたら書くけど、今は無理。


4月22日
 レイター・シャーリル・フィアラート様。シレスティア帝国随一の美形。容姿端麗、頭脳明晰なんて四文字熟語、マンガの世界の登場人物にだけしか使わないようなものが彼にはとてもよく似合ってる。でも、世の中完璧な人間なんていないんだってホント思った。
 シャーリル様は料理が苦手。いや、苦手なんて言葉で表せないほどそれはもうとんでもないものを作り出す。昨日、私がルーベ様にまた何か甘い物でも食べていただきたくて(その上時間を持て余していたため)厨房へ行こうとしたら、シャーリル様と遭遇。
 結論から書いておくと、悪夢の再来。サツマイモに似た甘いお芋があるので、スイートポテトっぽいものが季節外れにも作れるかな? と思って作ろうとしたら、シャーリル様は、ルーベ様に何か軽食を作りたかったらしく、スープを作ろうと孤軍奮闘。当然料理長さんたちが、レイターに勝てるわけもなく自分の城を明け渡したのだけれども。
 凄惨という言葉が良く似合ってた。正直言って、怖かった。私がお芋を茹でてる横で、なにやらボコボコとあわ立つ鍋。何を作りたかったのか問うのも怖かった。跳ねる液体が茹でてる鍋に入らないように、早々と蓋をする。そうしたら。
「蓋をしたほうが、早く火が通るんだろう?」
 と言うシャーリル様。エプロン(っていうのかな? この世界の)をつけて、綺麗な髪を人くくりにしてる姿は料理上手。という雰囲気だけは醸し出していた。でも、無理もないと思う。今まで剣しか持ったこともないような男性がお料理なんて出来る訳ない。
 私がお芋を裏ごしさせてもらったり、砂糖っぽいものや卵、ミルクを混ぜている間にも、何か召喚できるんじゃないか。むしろ私、この料理の魔力によって召喚されたんじゃ? と思いたくなるような物体が完成間近(らしい)だった。
「これはなんですか?」
 恐る恐る私が聞いた所
「ん? 賄い料理」
 返ってきた答えに眩暈を覚えた私に罪はありますか、四玉の王様っ!! 片栗粉とか入れてない、むしろないはずなのに、元スープはもったりとした雰囲気で、匙を持ち上げるたびにドロリとした液体が見える。さらさらしてない。スープじゃない。
「これには何を入れたんですか?」
「ああ、これと、これと……」
 これ、もし料理番組とかでテレビで放映されてたらモザイクかかってても文句言えないって思った。ホワイトソースが焦げちゃった☆とかいうならまだ可愛げがあったかもしれない。だったら素人どおり、焦げても目立たないものを作ればいいと思うし。みじん切りというか、細切れにされた野菜や肉をせめていためるべきだったのではないかとか、根本的な突っ込みは止めてみた。火が通っていれば食べられない者ではないと思うし。
 だからと言って、鍋の周りにある調味料。お酢っぽいもの、明らかにミルク、私の分けた卵白、ハチミツととりとめもない。白っぽくしたかったっていうのは伝わってくるけどなんだろう、野菜や肉が溶けたせいだろうか、得も言えぬ色合い。ドドメ色ですらない。写メれるなら、写メりたかった。
「これは、何と言う料理なのですか?」
 私は裏ごしした芋と、砂糖と、ミルクと卵を混ぜたものを、火にかけながらシャーリル様に聞いてみた。
「賄い料理に名前なんてないんだろう? その時あった材料で、簡単で美味い料理を作るのが職人の腕の見せ所と聞くし」
 ……軍人、厨房に立ち入るべからずって法を制定したほうがいいと思う。何のためって、未来の皇帝陛下の御身を守るため。グツグツと妖しげな匂いを放つスープは煮込まれていく。私も、火にかけていた材料を冷ましにかかる。シャーリル様が『冷ましてあげようか?』とお声をかけてくださったけど、丁重にお断りした。冷ますということが凍らせるってことになりかねない。シャーリル様としては、私と同時にもって行きたかったらしい。軽く食事をルーベ様に食べさせて、そのままデザートって感じ。まあ理想の形と言ったらそうだけど、でも!!
 視線は痛かった。たしかに、この場でレイターという地位にあるシャーリル様に注意できるのは私だけ。他の侍女さんや料理長さんたちが出来るはずもないって事ぐらい私にも理解できる。でも……。ミディ様早く帰って来て、御主人なんだか知りませんがフルスロットルです……っ! 悲痛な声は静養中のミリアディア夫人に届くことはないけど、叫ばずにはいられない。心の中で。
 さらに煮込むこと数十分。細切れ野菜たちはドロドロ。肉片が辛うじて浮いている感じのスープっぽいものは完成。私冷めた芋の形を作っている真っ最中。オーブンっぽいものがあるから、それで焼く予定だった。もう火は通ってるから、こっちはお腹を壊すことはないと思うけど世の中には入念に火が通っていても、化学反応を起こしてビックバンが発生する可能性が高いんだ。そう思うと、どこか嬉しそうに椀にスープもどきを盛っているシャーリル様に感動。ある種の才能さえ感じる。
 私はこの時心の中で思っていた。『ルーベ様、ご恩に報いることが出来ずに申し訳ありません』と。鋼鉄の胃袋を自負するルーベ様でもさすがに無理だと思った。止められるなら止めたかったけど、あんなに嬉しそうなシャーリル様を止めることなんて出来なかった。エプロンを外したシャーリル様が私に仰った。
「料理って、楽しいね」
 ……私はもしかして、決して彼に与えてはいけなかったきっかけを与えてしまった? 私は、パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。人類最強の座は甘んじてシャーリル様の掌中に収まるだろうことを、戦慄と共に私たちは忘れない。

 スイートポテトとお薬を持って、ルーベ様の元に私は伺った。その時ルーベ様は全て食し終わっていた。やっぱり前回同様お茶をシャーリル様に頼んでいる間に、亜音速で回復をかけていた。顔色はとても悪く、普段決してルーベ様が見せない表情に私は不安を隠せなかった。こんなこと(といったら失礼にあたるかもしれないけど)で、ルーベ様の命が絶たれてしまうなんてあまりにも惨い。大袈裟かもしれないけど、本当にそう思ったから素直にそう書き残しておく。青ざめた表情で力なく微笑むルーベ様は二次被害は決して出させなかった。この方こそ本当に次期王に相応しいお方だと心の底から思った。
 現皇帝陛下があの料理? を一口でも口に運んだら、きっと『鍵』と呼ばれる私たちは必要なくなるだろう。リーサルウェポン発見。この後、ルーベ様はおいしそうにスイートポテトもどきをたべって下さった。半分涙目で美味しいと言って食べてくださる姿を見ていると、本当に美味しいのか聞きたくなってしまった。だって、シャーリル様のお料理のあとに食べる物って、きっと無条件に美味しいはずだから。いつか好奇心でシャーリル様の作ったお料理を一口だけ食べてみたいと思う。……死にたくはないけれど。


4月24日
 一昨日は料理に、昨日は料理録にかまけてろくろく本を読んでなかったから、今日は一日解読日。ゆっくりだから進みは遅いけど三分の二は経過! ラストスパート頑張ろう。


4月25日
 大量の本との格闘。本当に初歩中の初歩という護身術を習い始めたことでの筋肉痛。両方とも厳しいけど頑張ろうと思う。ファイトー。


4月26日
 ルーズリーフとシャーペンも文明の利器だと再確認。眠たいから今日はもう寝ます。おやすみなさい


5月3日
 もしかして、私は日記を書く事に向いてないのだろうかと真剣に悩んでみる。でも、これにはいいわけがあるからちゃんと書いておく。グレスリィ様がまさか一週間未満で、あの本を読みきると思ってなかったと仰って、次にいらしてくださったとき大量に本を持ってきてくださった。しかも今度は読むだけではなく意見や感想を書いてみろと仰られた。確かに文字の練習も必要だと思うし。
 でもやってみると、やっぱり慣れてないせいか大変で感想はいえるけど、書けない、って感じ。英語が出来ない子たちが時々言ってたことがちょっとだけわかる気がしながら一週間強。本を読むのに夢中になりすぎていたせいで、日記に触れることさえなかったけど、やっぱり紙とシャーペンって楽。ひっかからないし、墨をつける必要もないし。なにより、母国語をいとおしく感じる。
 しばらくぶりの日記、今日は気合を入れてと意気込んでみるけど、興奮のほうが強くてイマイチ達成できなさそう。何でかと言うと、ミリアディア夫人が今日私を訪ねてきてくださった! あの舞踏会以降、静養なさっていたミディ様が以前と変わらない微笑を浮かべながら。
 私は謝罪とお礼をしなくちゃと意気込んでいたけど、開口一番それを封じられてしまう。気にするなって言われても、気にしてしまう。だって、私のせいで、私の目の前で怪我をなさった。それを気にするな、というほうが無理な話だと思う。
 でも、ミディ様の言葉があまりにも優しく、あまりにも暖かくて泣きそうになってしまった。でも、ここで泣いたら駄目だと思って我慢してみた。一回だけ、お姉様と彼女のことを呼ばせてもらったけど、いつかずっと「お姉様」って呼ばせてもらえたらいいなって思う。ひばり先輩たちとは違うお姉様。私は周りの人たちにこれ以上ないぐらい恵まれてると改めて知った一日だった。
 ……ミディお姉様、お帰りなさい。


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