覇王の剣 de 口説きバトン
一部(キーワード2と10)ネタバレも含みます。ご注意ください。


▼キーワード1:『雪』

「……雪だ」
「通りで冷えると思いました」
 夜、寝台の上でまどろんでいたカノンとルーベ。ふとルーベが窓を見やると、カーテンの隙間からちらりちらりと降る白い雪を見つけた。
「寒いか?」
 魔力で室内の温度を調節しているとはいえ、真夜中は冷える。隣に横になっているカノンに毛布をかけなおして、彼は問う。
「大丈夫です」
 一拍間を置いてから、毛布に包まれたカノンがルーベへと身体を摺り寄せる。
「これで十分、温かいですから」」
「……そっか」
 少しだけ近くに寄ってきた少女の身体を繊細な氷の彫刻に触れるかのように自分の腕の中に抱き締めた。
 そして彼は笑う。つられてカノンもクスクスと小さな笑い声をたてて笑った。
 毛布の中で手を繋ぎながら近くで感じる大切な誰かの温もりに、思わず笑みがこぼれる二人であった。
「もう寝よう。明日も忙しいだろうしな」
「はい、おやすみなさいませルーベ様」
「おやすみ、カノン。いい夢を」
 そういって彼は彼女の額に口付けた。唇から移った熱は、雪のようには決して溶けない。
 しかし思いは静かに、ゆっくりと積もっていく。それはまるで雪のように。



▼キーワード2:『月』

 ある夜、その日ルーベの率いる反乱軍は翌日の戦いに備えもう兵士の大部分は鋭気を養うため、一時の休息をとっていた。
 ルーベもそろそろ仮眠を取ろうと思ったその時、天幕の入り口から人影が見えた。
 この軍の中に女は少ない。
「カノン?」
 ルーベは簡易机から立ち上がると、早足に天幕の外へ出て彼女を追った。
 こんな夜更けにどうかしたのだろうかと思いながら、周囲を見回すと、森の中にある木々が生えていない小広場のようになっている場所に彼女は天を見つめ一人佇んでいた。
 空から降り注ぐ満月の光を浴びながら、カノンはすっと手を差し出していた。
「……っ」
「え! ル、ルーベ様!?」
 強く、きつく。気付いた時には走り出していたルーベは、後ろから彼女を抱きしめていた。
 僅かにそよぐ風が木々を揺らし、虫たちが鈴の音のような音を静かに奏でている夜の森にこれ以上音は存在しない。
「ルーベ様? どうかなさったんですか?」
 心地よい静寂を破ったのはカノンだった。月の光に負けない柔らかな、優しい声にルーベは安堵する。
「いや……今カノンを見てたら、どこかへ行っちまいそうだったから」
「ルーベ様」
「月に魅入られてるみたいだった」
「そんな……。でも見てくださいルーベ様。今日の月はとても綺麗です」
 カノンを抱きしめていたルーベも、彼女に促され視線を空へと向ける。満天の星空に、静かに輝く月。それは誰もが見入ってしまいそうな美しい光景ではあるのに、どうしようもなく不安を掻き立てるてるものだった。
「カノン」
「はい、何ですか?」
「オレは、お前をどこにもやらない」
「……ルーベ様」
「それが例え四玉の王の意志に背くことになっても」
「……ルーベ様っ!!」
「どこにも、行かせない」
 言葉にならないカノンの声と、切なく響くルーベの声が天高く上っていく。
 いつか訪れてしまう別離の日は、もう遠くない未来にまで迫ってきていたのを二人は知っていた。
 それでも、と二人は思う。カノンは自分の身体に回ったルーベの腕を抱きしめた。どうか離さないで、と。そんな願いを込めながら。



▼キーワード3:『花』

 花は太陽を求め、ただ真っ直ぐに天に向かって伸びていく。 太陽はその花を、どう思っているのだろうか。いとおしく、思っているだろうか。
 カノンは庭師が丹精込めて育てた花をそっと撫でた。誰でも光に憧れる。それは仕方のないことだと彼女は思う。しかし、実際「太陽」を得ることが出来る人間は少ないのではないだろうか。
 カノンは笑った。もし、私を花に例えるならきっと自分の太陽はルーベだろうと。その太陽は自ら手を差し伸べてくれる。彼の全てで自分を慈しんでくれているのが分かる。それに、自分は応えられているだろうかと時折不安になるけれど、それでも。
「カノン!」
「……ルーベ様? どうなさったんですか?」
 名を呼ばれ振り返ると、そこにはルーベが立っていた。
「今日は屋敷で飯食えそうだったから、一緒にどうだ?」
 真夏の太陽のように明るくそういうルーベを見たとき、カノンは思わず泣きそうになった。どうしてこの人は自分が一番不安な時に現れてくれるのだろうか、どうして側にいてくれるのだろうか。
「どうした、カノン?」
 泣き出しそうな笑顔のカノンにルーベは近づいていき、優しく頭を撫でた。温もりを感じて、カノンは目を閉じた。頭を撫でていた手がゆっくりと下りてきて、そっと彼女の頬に触れる。
 それもくすぐったく感じたカノンは小さく首をすくめた。しかしその手が気持ちよくて彼女は目を細めた。そして、ゆっくりルーベの手に自分の手を重ねた。頬に感じる温かさと、手で感じる温かさを感じると自分が確かに今、ここにいることを感じる。
 彼は太陽。あまねく広く人を照らす出す光。その光が今、目の前で、自分に触れてくれている。それがどうしてこんなに幸せなのだろうか。
「行こう、飯食おう」
 ルーベはカノンに微笑みかける。
「はい」
 花が美しく咲き誇ろうとするのは、きっとこの太陽の恩寵を一身に受けたいからだとカノンは思う。たった一人のために、たった一つの寵愛を受けたくてただまっすぐに、いとおしい存在に。
 ……私も彼のために咲き誇れるのなら。



▼キーワード4:『鳥』

「ルーベ……」
 美貌のレイターが主を呼んでいると、木陰に二人の姿を見つけた。樹に寄りかかって、彼の髪にそっと触れ、まるで聖母のような笑みを浮かべているカノンを見たとき、彼女の膝を枕代わりにして健やかに眠っているルーベをみつけた。
「シャーリル様」
「何、コイツ寝てるの?」
「はい。……お疲れみたいです」
 規則正しい呼吸を繰り返しながら、騎士団の長として剣を振るう男は眠っていた。
「部屋で仮眠をとられては、と言ったのですが。眠いと仰られて」
「この馬鹿のいいそうなことだ。脚、大丈夫?」
「大丈夫です」
 笑ってそう応えられると、シャーリルはこれ以上なにも言うことは出来ない。これだけ幸せそうに笑う彼女と、これだけ幸せそうに眠る主を見ていれば、何がどう無粋なのかは一目瞭然である。
 レイターはため息を付いた。
「もう暫くお休みする時間はありませんか?」
 カノンがシャーリルに問う。ルーベは確かに忙しい身分にある。しかし働き続ける、なんてこと人間には出来ない。休息だって必要であることを彼とて承知している。
「……もう一刻ぐらいなら」
「わかりました、一刻でも休めれば違いますものね」
 そういってカノンは再び眠っているルーベを見やった。それはとても優しい瞳だった。
 ルーベが翼の生えた鳥ならば、カノンはその鳥が羽根を休めるための止まり木。例え何があっても、決して鳥を拒絶しない。彼女もまた、ルーベを全身で支えている。
 シャーリルは思う。天空を羽ばたき続ける鳥とて、止まり木がある。そこで腹を満たし、喉を潤し、再び空へと舞う。永遠に飛び続けることなんて出来ない。だからこそ今は眠ればいいのだと。
 愛しい者の側で眠りに付いた彼は今、どんな夢を見ているのだろうか。



▼キーワード5:『風』

 風は新しい未来を誘う。風は古きを薙ぎ倒す。風は思いを運び、風は人を攫う。
「ルーベ様は風の音が恐いと感じたことはありますか?」
「ん?」
 今日は風の強い日だった。木々が揺れ、枝が撓り、梢が悲鳴のように音を奏でる。窓ガラスも風を受けて時折激しく音を発する。薄暗い曇天、いずれ雨さえ降りそうな天気だった。
「風の音か、うるせぇなって思うときはあるけど、恐いって思ったことはないな」
「私は、あるんです。一人でいると音が大きく感じることがあって」
 風は全てをなぎ払い、全てを置き去りにしていく。まるで一人であることが当たり前のような状況を、平気で人に与える。
 ふと表情を曇らせたカノンの肩を、ルーベは抱き寄せた。
「今は?」
「今は……恐くありません」
「オレが一緒にいて恐いって言われたらちょっと凹むけどな」
「ルーベ様と一緒なら、何も怖いことなんてありませんよ」
 カノンはルーベの肩に頭を乗せるようにして言葉を紡いだ。
「じゃあ何で急に?」
「……何ででしょう?」
 それはふと、風を肌で感じるようにルーベを身近で感じたかったからかもしれない。
「大丈夫だって、何があってもお前の事はオレが守るから」
 不安からも、恐怖からも。彼の言葉に、カノンは泣きそうになってしまった。



▼キーワード6:『無』

 有ると言うことを知っているということは、無と言うことを知っているということ。
 つまり、無を恐れるということ。最初から何もなければ、何も感情を抱かない。抱くこともないのにと思っても、知ってしまった気持ちは消えない。失うことは恐いという。しかし手に入れることは恐くはないと言う。
「私って、贅沢だなぁ」
 ぴちゃん、と湯船のお湯に雫が落ち、花びらも浮かぶ湯船が揺れる。いずれ自分は日本に帰る。そうすると、『カノン』という存在は消えてしまう。それは、ルーベの側にいられなくなるということ。
 一緒に同じ時を刻むことが出来ないことをしっているのに、芽生えた気持ちを消す術を彼女は知らない。初めから抱かなければ傷つくこともなく、悲しむこともないのに。
 連続して雫が湯船に落ちる。花びらさえも浮かぶ湯船が揺れる。次の瞬間、ばしゃんと一段と激しい音を立てて水面をカノンは揺らした。思い故に流れる涙を拭うために。
 いつの日か、自分がいなくなっても。いつの日か、貴方が別の誰かをその腕に抱いても、どうか。『私』を忘れないで欲しいと思うのは、我儘なことなのだろうか。


▼キーワード7:『光』

「カノン」
「何ですか?」
「カノンって光みたいだよな」
「……突然なんですか? それに、光と言うならルーベ様のほうですよ。暗闇を照らす太陽みたいです」
「ハハハ、良く言われる。でも、カノンだって光だ」
「どうしてです?」
「オレの道標」
「そんなこと……」
「実際そうなんだ。お前といると、迷わない。真っ直ぐに前を見ることが出来る」
「買いかぶりすぎですよ」
「そんなことないって」
「ルーベ様に比べたら、私なんて」
「そういう問題じゃねぇだろ? もしオレが太陽だとしたら、万民のために世界を照らさなきゃいけない。でもカノンは違う。オレのための光だ」
「……」
「カノンは、太陽なんかにならなくていい。どんな明るさでもいい、俺だけの光であってくれれば」




▼キーワード8:『水』

 両手で水をすくっても、全てを手の中に収めておくことは出来ない。状況によって、水は変化していくものだから。一定の姿ではいられない。一定の場所に留まらない。
 じゃあ、凍らせればこの場にとどめておけるのか? 器に収めれば逃げていかないか? いっそ胎内に取り込んでしまえば消えていかないか。
 いつからだろう、彼女に対してこんな思いを抱くようになったのは。




▼キーワード9:『火』

 熱い熱い。意識をしてしまうと駄目。頬が燃えてるみたいに熱い。視線が合っただけ、ただ触れ合っただけなのに、体の内側から燃えるように熱くなる。
 心がこんなにも揺さぶられて、こんなにも彼に対してこんなに思いを募らせたらいけないことぐらいわかっていたはずなのに。
 いつからだろう、彼に対してこんな思いを抱くようになったのは。




▼キーワード10:『時』

 時と言うのは残酷で。
「ルーベ様」
 時と言うのは冷酷で。
「カノン」
 時と言うのは残忍で。
 触れ合った体が、繋がった手が離れるのが恐かった。いずれくる別離の時、何も今この時でなくても。
「カノン、愛してる」
「私もです。ずっと、ずっと貴方のことを愛しています」
 身に纏った着物は、永遠の思いを示す証。その衣を纏ったまま、残酷な別離がやってくる。涙は見せない。流さない。ただ、伝えたい思いは一つ。
「ありがとう」「あいしてる」 時がどれだけ流れようとも、色褪せない思いがある。




最後まで読んでくださってありがとうございました。
イマイチ口説き、と言うには糖分が足りないという感じだったので、最後は頑張りました(笑)
これを更新、とするのもあれかな? と思ったのですが楽しんでいただけたら幸いです。

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